“麗しのキミ”
最近のブッダは、カップケーキを空で作れるのみならず、
シフォンケーキという大きいホールケーキもわざわざレシピを見ずとも作れるようになってきて。
「シフォンって、もしかして布の種類のことだよね?」
「そうだよ。
ブラウスなんかに使う絹のフワフワした生地のこと。」
スポンジケーキやパウンドケーキのようにバターを使わず、
サラダ油を使うことにより、時間が経っても堅くならず、
また、メレンゲをたくさん練り込むことで、
ベイキングパウダーを使わなくても絹のようにきめの細かい柔らかさを保てる。
そんな軽やかな仕上がりとなるところから、
シフォンケーキと名付けられたと思われ。
そして、そんな風に由来の話を紡ぎつつ、
なめらかに手元を動かし続けるブッダでもあって。
手元を見下ろす横顔は、
瞼を少し下ろしている分、睫毛の長さが際立っていて
いつもの聡明さに優しいベールがかかったよう。
「まずは。」
卵を卵黄と卵白に分け、卵黄と砂糖を混ぜ入れて溶かしてから、
水とサラダ油を混ぜたのを少しずつ注ぎ足して。
振るった小麦粉を混ぜ入れ、
ホイッパーでぐるぐる掻き混ぜて、生地の半分は出来上がり。
「次は、と。」
メレンゲは砂糖を3回に分け入れながら、根気よく泡立てて、
つやが出てきたらば角が立つかを見い見い丁寧に仕上げる。
生地へまずはひと掬いのメレンゲを混ぜ、
まずは丁寧になじませてから残りを投入。
泡がつぶれないようさっくり混ぜるというけれど、
メレンゲの塊は残さぬよう、へらで均一に混ぜ込んで。
「オーブンの予熱は…200度で。」
何も塗らない型に生地を注ぎ込み、
少し持ち上げてはとんとんと軽く台に落として気泡を抜いてから。
さあいよいよのオーブンへ。
180℃でまず10分、
表面に焼き色が付き割れ始めたらナイフで5ヶ所切れ目を入れ、
160℃で20分焼いて出来上がり。
「…で。/////////」
手際のいい一部始終を、
まるでテレビのお料理ショーのように、一番の間近で堪能していたイエス。
間近にもほどがある、ブッダの背中に貼りついてというか、
後ろから肩を覆うように腕を回しての、肩口から覗き込んでという
かぶりつき状態で観ておいでだったのであり。
「キミったらそんなにお腹空いてたのかい?」
確かさっきまでは、
六畳間の卓袱台にスケッチブックを開いて、
相変わらずな画伯っぷり(苦笑)を発揮していたはずなのに。
手が空いたのでと立って行ったブッダを大人しく見送ったはずが、
ものの5分も経たぬうち、
今の状態へと落ち着いていたヨシュア様。
早く早くと急かしてでもいたの?と、一応婉曲に訊いてみたのだが、
肩の上に軽く乗っかっていたあごがお髭ごとさわさわと左右に揺れて、
「ん〜ん。」
呆気ないほどにすぐさま“違うよぉ”と応じてくれて。
「ブッダのきれいな手がそりゃあ手際よく動くの、
余さず見ていたかっただけだよ?」
今更隠し立てするようなややこしいツンデレもないものか、
胸の内とやらを包み隠さず露呈して。
「凄いよね、
こんなにやることいっぱいあったのに、そりゃあてきぱき。」
流れるようにってこういうのを言うんだねって感動しちゃったもの。
私だったら途中で何度も えっとぉって立ち止まったはずだし、
「こんな間近に見物がいたんじゃあ緊張もしただろに。」
あははーとそりゃああっけらかんと笑う彼だったものだから、
「私だって しましたっ。/////////」
もうもう人の気も知らないでと、
ここでやっと、真っ赤になったブッダが押し隠していた含羞みをあらわにした途端、
「あ…。」
「…。///////」
螺髪となってすっきりまとまっていた如来様の髪が、
ふわりと軽やかにほどけてしまい。
濃色のしっとりつややかで長い髪が
肩や背中に貼りついていたイエスの頬にまで触れるほど
豊かにあふれたのでありました。
◇◇
粗熱を取って冷ましてから、
型から外して、リクエストのあった角度に切り分けて。
今日のはプレーンのだったので、
ホイップクリームとお好みでジャムをと添えられた
ブッダ特製のシフォンケーキは、
デザートフォークがするりと吸い込まれたほどに
きめも細やかでふんわりしっとり。
どこぞかの高名なパティシェのスポンジケーキにも引けを取らないだろう
まろやかな出来栄えであり。
「熱いから気をつけてね。」
「は〜いvv」
こちらもまた、ブッダが淹れてくれたミルクティーと並んで、
さてさて、今日も午後のお茶の時間と相成ったわけだけど。
ふふーvvと嬉しそうにフォークを動かしていたのも数合のこと、
ふと手を止めたイエスが、向かい側からじいっとこちらを見やって来るのに気がついて。
「どうかした?」
あ、ジャムじゃなくてヨーグルトの方がよかったかな?
それともチョコレートディップ?なんて、
すぐさま持ってくると言わんばかり腰を上げかかったブッダだったのへ、
「違くて。」
卓袱台越しに手を伸ばして来たイエスが、はっしと愛しの君の手を掴まえる。
え?え?と、
まだ何が何やら理解が追い付いてないブッダがキョトンとしながら、
それでも腰を落ち着け直せば、
「あのね? キミがさっきみたいに髪を下ろしてたところとか、
梵天さんたちみたいに髪を結ってる姿とかは、
天の仏界の人たちがみんな知ってるわけではないんでしょう?」
今は何とか落ち着いており、
先ほど含羞みから一気にほどけた長い髪も
元通りの螺髪に戻っている釈迦牟尼様で。
そのすっきりとした頭をかくりこと傾げると、
「うん。弟子の内の身近な顔ぶれとか、天部の一部くらいかな。」
この髪型もまた、
三十二相といわれるホトケとしての特別な設定部分の一つではあるが、
とはいえ、それ以前にも弟子たちはいたわけだし、
梵天から開祖として解脱の境地を広めなさいと勧められるまでは、
髪だって通常形態であったので、
もともと縁者だったアナンダなどはその前の姿だって見知っているだろう。
「でも、それがどうしたの?」
美味しいケーキを食べる手を止めてまで訊くような何かと、
自分の髪型とが依然としてつながらないブッダが重ねて訊くと、
「うん。キミの菩薩としての姿を、
いろいろ妄想されてないかと思っちゃって。」
「…はい?」
相変わらずに思いも拠らない発想の持ち主で。
少なくともブッダには、何が何やらという一言だったので、
大きな双眸をますますと見張り、ついつい訊き返してしまったほどだったのだが。
「ほら、螺髪姿の時はそりゃあ聡明で泰然としていて、
それでいて慈愛に満ちた温かい頼もしさに満ちてるキミだけど、」
何でそこでそうなるものか、何かしらを諭すような厳かなお顔をわざわざ作り、
「髪を下ろしてしまうと、可憐というか瑞々しいというか。」
意識せずとも保っていられるそれをほどいてしまうのだから、
ずんと無防備になってしまうとキミ自身も言ってたし、
私がついつい困らせたり驚かせたりしてほどけちゃったときなぞは、
「私でも “あああ守ってあげたいぃvv///////”って思うくらいに、
胸の底からキュンキュンしちゃう、清楚で儚げな姿なもんだから。」
解脱に至る前の若々しさやら青々しさが、多少なりとも覗くのじゃあないかとか、
そういったよからぬ妄想繰り広げられてないかと思うと、
「今更かもしれないけれど、
何て危ういことだろかってドキドキしてきちゃったの。///////」
最愛の人の御姿へ、
そんないかがわしい妄想を抱いてた人が多数いたかもしれないなんてと。
デザートフォークをぎゅうと握り込めるくらい リキ入れての
熱弁振るう神の子だったが、
“…一応、天界の浄土にいる顔ぶれとなると、
成仏を前にした菩薩とまで至っている尊ばかりだから、
そのような煩悩は展開させないと思うんだけど。”
むしろ妙な方向に思いこんでの一切譲らぬ、
頑迷で素っ頓狂だったプロデューサーたちの方が始末に負えなかったようななんて。
こちらもこちらで、微妙に斜めな方へと思い当たりの輪を広げておれば、
「私も、天界ではキミほどきれいな髪の人、一人しか知らないし。」
「はい?」
気が逸れかかっていてうっかり聞き流すところだったのを、
恋情の奇跡が呼び戻す。
綺麗だなんて方向でイエスが褒める要素を持つお人。
そんな尊が天界にもいただって?
しかも一人と断定しているなんて、
どれほどのこと印象深く記憶している存在かも知れるというもので。
「えっと、それって天乃国のお人なのかな?」
だったらしょうがないかなぁと、気にしないための言い訳にもなったのに、
「ううん。浄土の尊だよ、確か。」
「ううう…。」
余程に美しかったことを意中としている存在か、
見慣れたお顔をそりゃあ柔らかく破顔させるイエスなことが、
いけないことながら…嫉妬とかいう感情を、
淡い棘を伴う格好でブッダの胸の内へと実装させる。
そんなせいでか、表情がややもすると凍ってしまいかかっているブッダだと気づきもしないか、
イエスはそのまま すらすらとその麗しい人のことを紡ぎ続けて、
「私が雲上へと昇天して間もないころに、
迷い込んだ浄土の湖で、それは静かに瞑想していらした僧侶の聖人。
確かお名前は、
仏門の開祖、釈迦如来様と仰せですってウリエルから聞いたけど?」
「………はい?」
恐らくブッダは気づいてもなかったはずなので、
今の今まで黙ってた。
でもねあのね、あんな風に天上でもたまに髪をほどいてたキミだから尚のこと、
“心配なんじゃあないのさ。”
複雑な心持ちをついついぽろっと吐露しちゃったイエス様だったようで。
そして、そこはさすがに人の心根の複雑繊細なところというの、
少しでも拾えればというお勉強も欠かさぬ釈迦牟尼様ゆえに。
しかもしかも、恋情という分野は
最近身に迫って拾ってる最中という新鮮極まりない心情でもあったので、
「あ、えっとぉ。////////」
卓袱台の上のミルクティーも顔負けの、甘い甘い睦言を捧げられたも同じこと。
イエスが遠まわしに天上でもお綺麗だったの知ってるよとほのめかしたの、
今になって察しがついてのことか、ぱぁっと真っ赤になってしまわれた
初々しい如来様だったようでございます。
〜Fine〜 15.11.05.
☆素材お借りしました 『夜毎君に捧ぐ歌』様
*甘いものとか食べる話が続いてますな。(笑)
それはともかく。
ウチでは実は、雲上にて一度だけ、
髪をほどいた姿のブッダも見ていたイエスだったんですね。
自分でもうっかりしてたなぁ。(おいおい)
『キミが望めば 月でも星でも』の
“それはいつから…?”でちょろっと書いてました。
いやはや迂闊迂闊ということでvv(こらこら)
めーるふぉーむvv
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